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拡声器騒音を考える
ニッポンの音、日本人の耳
●高梨 明(拡声器騒音を考える会)


1991年3月号第115号に掲載

駅の快適さとは?
〜発車ベル廃止と「音楽ベル」の導入

 JR千葉駅では、1988年8月8日から発車ベルを全面廃止し話題を呼んだ。その時の駅長であった板倉義和氏はすでにJR東日本を定年退職しているが、当時を振り返り、ある雑誌のインタビューに次のように答えている。
 「千葉駅長として1月に赴任してから現場の社員と、駅にとって最小限必要な音とは何だろうと話し合いをしました。当時流していた鳥の声やBGMはやめましたが、最小限の案内放送は必要でしょうし、運転取り扱い心得には出発指示合図の項があります。ところが発車予告ベルについては何も規定がない。その歴史についても調べたのですが、明治5年に新橋駅でドラを鳴らしたのが始まりであったという説や、いや、明治7年に大阪で鐘を鳴らしていたという説もあって、はっきりしません。発車予告ベルの義務はなく、駅長の判断で省略できることがわかりました。また、発車予告ベルを鳴らさなかったために起こった事故もなかったことがわかりました」
 つまり「今まで惰性でしていた」にすぎないのではないかと判断した板倉氏は、徐々に発車予告ベルを減らしてゆき、しまいには全廃してしまったのだが、「結果 は好評。鳴らしていなかったのに気がつかなかったという方が8割」だったという。しかし本社に上げていっては、とても承認されなかったでしょう」ともいっている。

静かになったという歓迎派が7割

 この千葉駅の発車ベル廃止については、マスコミが大きく、しかも好意的に取り上げたせいか、波紋は大きく広がり、4カ月後の10月にはJR総武線の稲毛、市川、新小岩でも朝夕のラッシュ時を除いて発車ベルを鳴らさないようになったのをはじめ、発車ベル全廃までには至らなくとも、ベルを鳴らす時間を短縮させるなど駅の静寂化への動きは全国的に広まりをみせるようになった。そして千葉駅のベル廃止から2年後の1990年12月1日、JR北海道は、旭川、函館、釧路、帯広などの例外を除く全駅で発車ベルを全廃。全社的に統一して廃止に踏み切ったのは、このJR北海道が最初で、何らかの合図が必要と判断した例外の4駅では、発車ベルの代わりに耳当たりのいいメロディを流すようにしたという。
 JR千葉駅の影響は地下鉄にも及び、東京の営団地下鉄では1989年9月1日より、霞ヶ関、銀座、茅場町、永田町という、とりわけ乗降客の多い4駅で発車ブザーと車掌の手笛を取り止め、反応は「静かになったという歓迎派が7割を超えた」。
 従来の発車ベルはけたたまし過ぎるという批判には同意しても、全廃するのは危険ではないかと考える駅も多く、そのような駅では、北海道の4駅のように音楽ベルを導入するなど、少しでもけたたましさをなくそうと工夫をこらしている。音楽ベルを全国の駅に先駆けて導入したのはJR新宿駅と渋谷駅で、両駅とも1989年3月よりハープやピアノの音を発車の合図に用いるようになった。
 この発車メロディに対するマスコミの反応は、私の知る範囲では予想外に少なかったのだが、JR東日本では好評と解釈し、二つの駅に続いて首都圏では中央線の東小金井、武蔵小金井、西国分寺、立川、山手線の五反田、目黒などの各駅で音楽ベルを導入するようになった。JR東日本運輸車両部サービス課長の小懸方樹氏は、「民営化になってからは、なるべく各駅の駅長の自主性にまかせています。いくつか、ベルを音楽化しているところもあるようですが、本社で指導しているわけではありません」とはいっているものの、メロディベルが「けたたましい」ベルに取って代わる駅がますます増えてゆくことが予想される。しかし私は、JR新宿駅やメロディベルの製作者側の努力そのものは高く評価するものの、発車の合図に音楽を用いることには根本的に反対であり、発車メロディが「けたたましいベルよりはましだろう」といった安易な考えて普及してゆきそうな気配を心配する。私の個人的な例でも、新宿駅で鳴っていた発車メロディをホームのBGMと勘違いしてしまった経験(中央線長距離)があるし、横浜駅の4番線ホーム(京浜東北線上り)のように、電車の発車予告合図ではなく到着予告合図としてメロディを流している駅もあったりして紛らわしい。駅ごとに、しかもホームごとに鳴っているメロディが違うのに加えて、横浜駅のように駅独自の使われ方をされると慣れない乗客には何の合図として鳴っているのか分からなくなってくる。従来の発車ベルは確かにけたたましい。だが、発車予告の合図として鳴らしているということだけは誰にも伝わっていたのである。

音楽ベルの導入に識者は否定的

 鳥越けい子氏(サウンドスケープ研究機構代表)は、JR東日本の発車メロディについて、「ひっきりなしに鳴るラッシュ時には発車ベルの機能をしていないのではないか」、「騒音感をなくすには音楽、つまり楽器の音というのも少し安易な気がする。ピアノとかハープのような実際の楽器の音をこのような信号音として使うのはよくない」と述べ、また鳥越氏の主宰する同研究機構は、その報告書(「駅の音環境計画についての評価と今後の対応に関する調査」)に「発車の合図が従来のベル、メロディベル、笛、テープアナウンス、ライブアナウンスという5種類もの情報メディアによって行われているが、これほど多くのメディアが必要か」、「従来のベルの機能は、発車の合図のみであったが、メロディベルは、番線案内や雰囲気づくり(音のサービス)の機能もねらっている。特に、発車の合図と雰囲気づくりは、本来ならば相反すると思われる機能であり、その双方の機能を遜色無く果 たすのは極めて難しい。両機能とも中途半端になる恐れがある」とまとめている。
 ちなみに、JR新宿駅では導入した音楽ベルを<サウンド・アメニティ・ベル>と呼んでいるが、皮肉なことに、この音楽ベルに首を傾げる私の出しているミニコミ誌のタイトルも「AMENITY」。私個人の意見としては、廃止ないしは音量 の低めなブザーがいいと思うのだが、これらはベルだけを取り上げて議論するのではなく、ホームのアナウンスと関連して話すべき問題だろう。
 すでに音楽ベルを導入してしまった駅はともかく、今現在それを検討している駅の駅長さんにぜひ考えていただきたいのは、前述の鳥越氏のもう一つの言葉、つまり「何が音として必要か、必要でないかということを、視覚も含めたトータルなコミュニケーション・システムの中でとらえ直して整理していくことが必要」という忠告である。それにつけても残念なことは、駅の騒音を改善しようという場合に、なぜ直接音を作り出すメーカーにメロディの設計を依頼してしまうのかということである。アナウンスなどを含め、総合的に判断できる音の専門家たちに調査・研究を依頼し、助言を受けることが先決だったのではないかと悔やまれる。
 私の先入観かも知れないが、多くの駅長さんは、けたたましいベルよりは音楽のほうが快適に決まっていると信じきっている面 がありやしないだろうか。しかし、私たち「拡声器騒音を考える会」が行ったメロディ・ベルをどう思うかとのアンケートに対しては、ほとんどが否定的回答で、例えば音楽評論家の遠山一行氏は「これはソーオン公害というよりオンガク公害だと思います。オンガクをやればサービスになるという考えはとても困る」、作曲家の武満徹氏は「現行のJRでの音楽まがいの告知ベルは、私としては以前の通 常ベルよりも不快です。実に安直な発想で、デザインされた音響とは思えません」と回答されている。
 いずれにせよ、この音楽ベルは、私たち日本人に音環境を考えるよいキッカケを与えてくれたことも間違いないし、JRの「駅を少しでも快適にしようと」取り組んだ姿勢を評価することを忘れてはいけないだろう。音楽教育家の末広陽子氏は前述のアンケートに寄せられた回答文に対する感想として、「今までの、電車が着くやいなや狂ったように鳴り出すベルよりはよほど良い。 (中略) せっかく音に敏感な日本人が一歩進めようとしたのだから、すぐに理想的なことを望むのはせっかちだと思う」と感想を寄せてくれたが、人が良かれと思って努力した結果 を「せっかち」に批判することのないよう注意しよう。そう自分に戒めることも忘れないようにしたい。

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