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フルート

以下の記事は雑誌パイパーズのバックナンバーに掲載されました。当該号の内容見本として掲載するためカットしています。
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「EUフルート」を手に、コンセルトヘボウ管からボストン交響楽団へ
[インタビュー]ジャック・ゾーン


Jacques ZOON
インタビュアー●木幡一誠/1997年11月号第195号に掲載

 −−まずは、楽器のことから。9歳でフルートを始めたときは、さすがに普通 の金属管だった?

ゾーン そう。ヤマハでした(笑)。

 −−木管を吹くようになったのは?

ゾーン 9年前から。その数年前に楽器自体は手に入れていたんですが、ボディはとても素晴らしかったのに、頭部管が全然ダメで、ちょっと演奏には使えなかった。1900年頃のパリで作られた、ベルシュー(Bercioux)というメーカーの楽器です。それに、僕が自分で作った頭部管をつけて吹いてみたら、非常に満足いくものになったというわけです。

 −−そのフルートを使って、コンセルトヘボウ管や、ヨーロッパ室内管(COE)で演奏してきた。この秋(1997年)から首席になるボストン響でも‥‥。

ゾーン もちろん!

 −−どこで見つけた楽器なんですか。

ゾーン 父親がフルート吹きだったという、もう70歳代になるフランス人が持っていたものです。「興味があるなら見てごらん」と、友人に仲介してもらったんです。まずデザインがとても美しくて、一目で気に入ってしまった(笑)。キーの状態も思いのほか良好で、新しいパーツで修復するだけで大丈夫だったんですが、問題はヘッドジョイントで‥‥。

 −−そして足部管も、さらにまた別 の楽器のものだと聞いていますが?

ゾーン ベルシューの楽器はC管なんです。演奏の都合上、h管が欲しかった。それがうまいことに、1925年頃にベルリンで作られた、リッタースハウゼン(Rittershausen)の木管が手に入った。これも有名なメーカーですね。その足部管をベルシューのボディにつけて吹いています。バランス上は別 に問題ないですよ。リッタースハウゼンの頭部管とボディは、今でも吹けないことはないけど、音質はかなり違ってきますね。
 そう、だから僕の楽器は、ヘッドがオランダ、ボディがフランス、フットがドイツ。これぞまさに「EUフルート」といえるじゃありませんか?

テーパーは自分で設計。第3オクターヴを重視

 −−楽器作りは、どうやって身につけたんですか?

ゾーン 父親が手先の器用な男で、工作機器を並べた工房のような部屋まで持っていたほどなんです。そこで僕は、いろいろな工具の使い方を父から教わった。そのうち見よう見まねで、キーのないバロック・フルートを作ってみたり。
 キーのメカニズムやスケールをはじめとする、設計の細部のノウハウを教わったのは、ディルク・コイペルという人物から。その昔、コンセルトヘボウ管で副首席兼ピッコロ奏者として吹いていた、もう84歳になる方です。彼が持つ膨大なデータや資料を参考に、ずいぶん試行錯誤しながら時間を費やしました。
 コイペルは、1930年代にメンゲルベルクやベイヌムやクレンペラーと一緒に演奏した経験の持ち主だから、楽器のこと以外でも、当時の思い出話なんかを聞くと、傑作ですよ。オランダにいらしたら、ぜひ、彼に取材するといい!

 −−頭部管を作るにあたって、具体的にモデルとしたのは?

ゾーン いろいろな楽器を調べて、自分なりに工夫を加えたんです。テーパーのつけ方や、唄口の形など。
 この頭部管に使ったテーパーは、僕の独自のデザインです。ジャック・ムーアの楽器を参考にしたりしましたが‥‥。テーパーの絞り方は、あまりきつくしていません。テーパーをきつめにすると、第1・第2オクターヴの音程関係はパーフェクトにいきます。しかし第3オクターヴに難点が出てくる。そして、第1・第2オクターヴは、唇によってかなり音程の上下ができますが、最高音域はそこまでのコントロールがきかない。それなら後者のほうを優先したほうが良いと。いってみれば妥協的措置なんですが。

 −−リッププレートの補強に使ってある金属は……。

ゾーン これは金です。

 −−頭部管でいえば、一世を風靡したクーパー・カットなど、どう思います?

ゾーン それ自体は、とても優れたものですよ。音がブライトになり、反応も良くなる。しかしフルートの本来の、音の甘さ、柔らかさといったものが表現しにくくなるようにも感じますね。
 僕の作った頭部管のアンブシュア・ホールは、より丸みを持った、楕円に近い形になっている。これは音の柔らかさを求めた結果 です。アンダーカットは古い時代の楽器に比べれば多めですが、しかしアンダーカットが大きすぎると、音のフォーカスの点で問題が出てくる。その辺も常に妥協を強いられること。名器といわれる往年のフランスのフルートは、音のフォーカスに優れていますが、やや細く薄っぺらに響きがちですしね。

 −−ルイ・ロットも試したことは?

ゾーン もちろん。独特の「色」を持ったフルートです。それ自体はとても美しくて、だから多くの支持者もいるんでしょう。しかし音の広がりに欠け、音楽の多様なカラーを表現するには、やや一面 的に響きすぎる傾向もあると思う。

録音セッションの途中で、トーンホールを削り‥‥

 −−たとえば、パトリック・ガロワが木管のフルートを愛用するようになったり、パウエルなどのメーカーも木管の楽器の製作に着手したり、最近とみに注目を集めています。ご自身が、そんな木管フルートの「復興」のパイオニアなのだという自負は?

ゾーン 楽器を選ぶにあたっては、演奏家によって各人なりの理由があるわけですからね。自分が先鞭をつけたとは、特に意識していません。
 僕の場合、木管を吹くようになったのは‥‥興味の対象が、たぶんフルートよりも、「音楽」に向かっていった結果 だと思うんです。その曲のフィーリングを表現するにはどうすればよいかということを、楽器それ自体の個性よりも優先して考えるようになった。逆にいえば、極端にモダン化されたフルートに、「限界」も感じるようになったということ。リング・キーの金属管のフルートでは、それこそ変ホ短調も嬰ハ長調も自由に吹けます(笑)。大きくて均一で強い音も、アーティキュレーションに対する俊敏な反応も得られます。
 その代わり、失われてしまったものもある。それは、ある種のデリカシーだったり、色彩 感だったり‥‥。そう、モダン・フルートの音はときに、あまりにもモノトナスに響く。それがつまり、僕がいろいろな楽器を試みる理由なんです。
 たとえば今日のレコーディングでは、自分で作った、逆円錐管のベーム・システムの楽器を使って、バッハを演奏しました。管体の形状は確かにトラヴェルソと同じですが、メカニズムは新しい。

 −−歴史的にみて、テオバルト・ベームが円筒管を試みる以前の、1830年頃に製作していたタイプの楽器と同じものということになりますね。

ゾーン これで、たとえばシュターミッツや、あるいはクーラウの曲を演奏してみても、おもしろいと思いますよ。フュルステナウや、シューベルトなども。その意味で僕は、「オーセンティック」を標榜するつもりはないんです。ある作品には、それと同時代の楽器を使わねばならないと、固執したりはしない。僕の考えでは、バロックから19世紀初期にかけての音楽をこの楽器で吹くと、モダン・フルートとトラヴェルソ、それぞれの美質を一体化した表現ができて、いい結果 を生むのではないかと‥‥。

 −−それはまるで、二つの離れた時代をうまく結びつける「ミッシング・リンク」を探そうという試み?

ゾーン ある意味ではそうですが、僕は簡単にいって、フルートの新たな「可能性」を探りたいんですね。
 今日の録音で使ったフルートは、逆円錐管でトーンホールも小さく、モダン楽器ほど強い音は出ません。でも、そこで得られる音のカラーや柔軟性が、バッハの音楽にうまく寄り添うと思うんです。 (中  略)

ボストン響への入団は、「家庭環境」ゆえの選択

 −−そのコンセルトヘボウを退団したのは‥‥。

ゾーン 1994年の秋のことでした。僕の妻はフランス出身のチェロ奏者で、彼女がシュタルケルのアシスタントとしてインディアナ大学に赴任することになったのを機会に、僕もちょうど空席になった、同じ大学のフルート科の教授としてアメリカに移ったんですよ。

 −−その後、ボストン響からオーディションの招待を受けた。

ゾーン ええ。1996年1月に‥‥。オーケストラにまざって、ブラームスの第4交響曲、レオノーレの序曲、牧神の午後などを吹きました。小澤さんの指揮です。弦楽器の首席奏者たちと一緒に、モーツァルトの四重奏も演奏したり。

 −−いつもの木管の楽器で?

ゾーン もちろんです(笑)。

 −−しかし最初は、首席のポストの提示を断ったのでしょう?

ゾーン 確かに。ソロの道に進もうと思ってアメリカに渡ったわけですし‥‥。実際、インディアナ大学で教えている間は、自由に使える時間も多かったんですが、しかしその分、演奏旅行に出かけて家を留守にしている時間も多かった。
 ボストンでは、1年のうち32週間演奏すればよいという契約を提示してくれたんです。腰を落ち着けて仕事しながら、自分のやりたい音楽を追求するには、願ってもない条件です。これを機に、今度は妻もボストンに移って、ボストン大学でチェロを教えることになりました。僕たちの、いわば「家庭の事情」にかなった選択だった、ということです(笑)。
(以下、省略)
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