| PIPERS記事ライブラリー 金管楽器 |
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「ブラス」の話 1998年7月号第203号に掲載 −−「金属やメッキの違いが音にどう影響するか?」は、金管プレイヤーなら経験的に、あるイメージを持っていると思いますが、「でも実際はどうなんだ?」とは誰もが知りたいところだと思います。 山領 それはしかし、非常に難しいご質問なんですね。材料が音色に影響を与えるのはもちろんだと思いますが、どう音が変わるか、という設問に答えるためには、材質面
以外の要素、寸法だとかほかの条件を厳密に同じに設定して比較判断しなければいけない。 赤川 音を言葉で表現すること自体がそもそも難しいですね。音響学会にもそれ専門の研究者がいるようです。
銅は面白い元素 −−「音」の問題はひとまずおいて、金管楽器に使われる金属の、基本的な知識から伺います。「ブラス」というからには、真鍮(ブラス)が主要な素材になっているわけですね。 赤川 真鍮は、銅と亜鉛の合金で、かつ銅が主成分の合金をそう呼んでいます。銅と亜鉛の比率で金属の色が変わることから、銅70%+亜鉛30%という組成を「イエローブラス」、銅85%+亜鉛15%を「ゴールドブラス」、銅90%+亜鉛10%を「レッドブラス」と呼んでいます。 −−いずれにしろ、すべて真鍮には変わりないわけですね。 山領 世の中で普通 に「真鍮」と言えば、イエローブラスを言いますね。 赤川 7:3の割合をイエローブラスと呼ぶのは世界的に共通 していますが、ゴールドブラス、レッドブラスは国によって違います。例えば9:1のレッドブラスを、アメリカではローズブラス、またはコマーシャルブラスとも呼んでいます。 −−銅が多くなると、金属の色が赤くなっていく。 赤川 銅は面 白い元素です。74種類ある金属元素の中で、色のついているものは少ないんですね。大抵の金属はシルバー系で、鉄などもそうです。金属屋さんはこれを「白」と呼んだりします。色がついているのは金と銅ぐらいで、あまりない。純銅は赤いですけど、少しずつ亜鉛が入っていくと黄色くなっていく。色を見ただけで、我々は大体の配合が分かります。色の面 でも、真鍮は面白い材料と言えますね。 −−昔も金管楽器を真鍮で作っていたわけですか。 赤川 真鍮だと思います。 山領 古代まで遡れば、北欧の「ルール」のように青銅で作られたものはありますね。 赤川 青銅器は、錫と銅の合金です。鉄器時代も含めて、この時代はみんな鋳物で作られていた。 山領 出来るものは厚くて重いですよね。 赤川 人間が金属を加工する方法を手に入れるのは、まず鋳物からなんですね。山火事などで溶けた鉄鉱石からヒントを得たりしたんだと思います。鉄というのは、これは余談ですが、ふつう我々がいう鉄には炭素が混じっている。純鉄で使うケースというのは、昔あったカセットテープレコーダーのヘッドの部分とか、非常に少ないです。普通 は炭素を混ぜる、と言っても数%程度ですが、それが鋼というやつですね。一般 的に鉄と呼ばれているのは、ほとんどが鋼です。歴史的に青銅器→鉄と来て、次に銅合金が登場するわけですが、なかでも金管楽器のベルのように塑性加工しやすい金属が真鍮だったんですね。叩けば伸びる金属として。 −−銅だけの場合は? 赤川 純粋の銅というのは、自然界にはあまり存在しません。何でも、純粋のものはなかなかないんです。どこかで必ず不純物が混ざります。 −−真鍮で金管楽器を作るようになったのは、ルネサンスあたりから? 赤川 おそらく、錬金術などが盛んになったルネサンス以降だと思います。いずれにしろ、トランペットならトランペットという楽器が先にあったんじゃなく、材料とともに進化してきたんですね。 −−その後、バロック時代になっても材料は変わらずに? 赤川 科学の進歩とともに、合金の純度が上がってきたりはしたでしょうね。 −−よく言われることですが、金管楽器に使われる金属では、ある程度の不純物が混じった方が音は良くなると。 山領 それを言い出したのは、ずいぶん最近の話だと思いますね。昔は、まずは作りやすさ、加工しやすさが第一だったろうと思います。精錬技術もそれほどなかったわけですし、その時にある材料を使うしかない。不純物がどうこう言える状況にはなかったと思いますね。 ヘッケル・メタルの正体は? −−ドイツの伝説的なトランペットの名器「ヘッケル」の音の美しさは、「ヘッケル・メタル」と呼ばれる独特の金属にある、と言われたりしますが。 山領 しかし、不純物の量 をコントロールする技術は、当時たぶんなかったはずです。どこどこ産の材料が良いとか、誰それが作った材料が良いとか、材料を選ぶとしてもそれしかなかったと思いますね。これはあくまで想像ですけど。 赤川 材料をコントロール出来たとしたら、きっと出来るだけ混じりけの少ないもの、出来るだけ純度の高いものを選んだでしょうね。加工しやすくなりますから。純度が落ちるほど硬くなって、加工しにくくなります。 山領 当時はおそらく、加工性の良いものを良い材料と言ったと思います。加工性が良いというのは、作りやすい、自分の思っている形にしやすい、ということ。物を作る人は、まずは自分の思い通
りの形に作りたいと思うはずです。思い通りの形が出来れば「良い楽器」だと。 −−逆に、現在は不純物をコントロールする技術があるわけですから、ヘッケル・メタルに近い合金を再現することは出来るんでしょう? 赤川 そこですよ、問題は(笑)。
山領 その辺りが一番誤解されやすいですね。おっしゃることはよく分かるんですが、「昔の楽器は良かった」と言うのは一種のノスタルジーに近いんじゃないでしょうか。仮に、昔の楽器を完璧に再現できたとしても、現代の音楽、現代のホール、現代の聴衆にそのまま受け入れられるかと言えば、非常に疑問に思います。 赤川 むかしの楽器は、概して遠鳴りしませんしね。演奏形態も違いましたから。 山領 ある特定のホールで、ある特定の音楽を演奏すれば、もちろん充分に良さを発揮するとは思いますが。 赤川 それと、金属はすり減っていきます。作られた当時とは変わってしまっている。楽器の金属疲労は、物理的に二つ考えられます。一つは、楽器として振動を与えられるうちに腰がなくなっていく。もう一つは、錆びなどで化学的に磨耗していく。そこも考えませんと。 山領 よく、「モーツアルトを聞かせたワイン」とかがあるじゃないですか。物質は一定の振動を与えられると、それにどんどん反応しやすくなる。ところがその特性は、ある年月を境に、どんどん低下していく。そのピークが、木は250年と言います。ヴァイオリンのストラディヴァリウスなどは、だから「もうピークを過ぎている」とも言われますね。金属はもっと早いでしょう? 赤川 早いですね。原子が動きやすい物質ですから。新幹線や飛行機などで、たまにボルトが折れたりする……楽器でも極端な話、あれと似たような金属疲労は起こり得ます。 山領 すごい振動を与えているわけですからね。 −−原子がどうなるんですか? 赤川 しだいに規則的に並ぶようになります。原子どうしの手のつなぎ方が、どんどん楽につなぎたい方向に行く。エントロピーの法則で、より低いエネルギーを持つ方へと動いていくんです。振動エネルギーは熱エネルギーのごく少ないもの。熱を加えると金属が鈍る、というのは同じことですね。 −−「焼鈍」というのはそういうことですか。 赤川 そうです。簡単に言うと、金属が柔らかくなる。 −−焼鈍は音にも良い影響を与える? 赤川 いや、全くケースバイケースです。ややこしい話をしますと、焼鈍したからと言って金属が柔らかくなるとも限らないんです。「焼き入れ」というのがありますよね? −−刀匠などが真っ赤な鉄をジュッと水に入れる、あれですか。 赤川 そうです。焼いた後に急に冷ます。普通 、焼き入れすると金属が硬くなると思われていますが、これも、そうとも限らないんです。鋼のある材料は硬くなりますけど、そうでないものも多いですね。焼き入れした方が柔らかくなる金属もあるし、ゆっくり冷ました方が柔らかくなる金属もあるし、何をやっても柔らかくならない金属もある。 山領 材料と与える温度によっても違うわけですね。 赤川 楽器で一般 的に使う銀のスターリングシルバー(銀92・5%)などは、焼き入れしないと柔らかくなりません。 山領 「焼きを入れる」とへたっちゃう人間もいますから(笑)。 赤川 金属は叩けば良くなる、と言われるのも、一概にそう言えないのが難しいところなんですよ。 −−「加工硬化」と言われる問題ですね。 赤川 ええ。イエローブラスはゴールドブラスよりも丈夫な材料ですが、加工はしやすく、伸びは良い。レッドブラスはイエローブラスよりも材料としては柔らかいんですけど、加工すると早く硬くなっちゃう。一概には言えないんですね。 −−こういった金属はすべて、楽器メーカーはよそから仕入れているわけですね。 山領 そうです。どこも規格のものを買うわけです。不純物を入れた独自の金属を用意して楽器を作っているわけではありません。 赤川 いろんな配合の金属を作らせて試作したりはしますけどね。 −−外国から仕入れるわけですか。 赤川 いろいろな国から輸入します。フランス、ドイツ、アメリカ……その国でしか手に入らない金属というのもあります。例えば日本では航空産業があまり発達していませんが、アメリカはその点業種が広く、バランスがとれていますから、いろんな材料を買いやすいとか。 −−各メーカーが規格品を購入しているとすれば、例えばイエローでもゴールドでも、その特徴にメーカーの差は出ない? 赤川 元の話に戻りますが、作り方が違えば、同じ金属を使っても、まるで違った音になるわけですね。 −−ああ、そうですね。ということは、本当に吹く人の感じ方しだい、ということですね。 赤川 全くその通 りだと思います。 ラッカーの効用 −−楽器の塗装やメッキについても、プレイヤーの関心は大きいと思います。まずはラッカーから伺いたいのですが。 赤川 ラッカーというのは、樹脂塗装です。樹脂と言っても柔らかいとは限らず、いろんな硬さのいろんな塗装があります。 −−ラッカーをかける意味は? 赤川 第一に、変色を避けるためです。 山領 船でアメリカに送ったら変色していたとか、使っていたら変色した、ということがないように。金属は必ず酸化しますから。 赤川 楽器に表面 処理を施す意味は、まず第一にそれですね。それと外観の良さ。ラッカーは樹脂ですからどんな色でもつけられます。 −−すると、ラッカーで苦労されるのは、いかに耐久性の高いものを開発するかという点? 赤川 ええ。出来るだけ磨耗しないものを。ヤマハはこの技術では世界一でしょうね。独立した事業部門があるぐらいです。 −−ヤマハの場合、金管楽器の塗装はクリアラッカーとゴールドラッカーの2種類ですが、ゴールドラッカーは、やはり高級感を出すのが第一の目的? 山領 そうなりますね。金メッキよりも安く似たような高級感を出せるわけです。 −−メッキが音に与える影響も、材料の場合と同じで、単純には比較できない? 赤川 メッキは金属ですから、表面 に金属がついて重くなる分、音が柔らかくなるとは言えると思います。 山領 仮にラッカーと銀メッキを比較したとして、楽器自体に個体差がありますから、両者の特徴がオーバーラップするケースもあるわけです。そのオーバーラップした中では、ラッカーの方が銀メッキより銀メッキらしく、銀メッキの方がラッカーよりラッカーらしい特性を持つ場合もあり得ます。 赤川 例えば、ニッケルという金属は硬いんですね。だから硬い鋭い音にはなる。金は柔らかい。純金は良い包丁で切れるぐらいに柔らかいですから、音もやはり柔らかい。しかも金の比重は重いですから、暗めの音になる。その金とニッケルとの間に銀がある……と考えても間違いではないと思います。 −−そう言えば、ニッケルは管体の材料としても使われますね。 赤川 真鍮(銅+亜鉛)にニッケルを混ぜたものを洋銀とか、ニッケルシルバー、またはジャーマンシルバーと呼んでますね。いわゆる「白銅」というのは、銅+ニッケルのキュプロニッケルという合金です。 山領 ニッケルは金属アレルギーの問題がありまして、これから使われなくなる方向にある。 赤川 メッキでは他に「真鍮メッキ」や、フルートでよく使われる「合金メッキ」というのもあります。合金メッキは、フルートの「ピンクゴールド」とか、ファゴットのボーカルに使う「ハミルトンメッキ」とか、金に銅を少し混ぜた結構むずかしい技術なんですけど、それで色を加減できる。普通 、金メッキというのは、24Kの純金メッキで、かなり黄色い。それを淡いピンク色に出来るわけです。 −−フルートなど、金の楽器に金メッキをかけたり、銀の楽器に銀メッキをかけたりもしますよね。 山領 例えば、スターリングシルバーは銀が92・5%で、7・5%が銅です。ということは、銅成分で楽器が変色する可能性がある。銀メッキは純銀ですから、メッキをかけることで変色を少なく出来ますね。
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