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金管楽器

以下の記事は雑誌パイパーズのバックナンバーに掲載されたものです。著作権は(株)杉原書店と著者または情報提供者に帰属し、無断転載を禁じます。
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《金管奏法対談》
アンブシュアの内と外
萩谷克己(東京佼成ウインドオーケストラ)VS竹浦泰次朗(金管クリニシャン)

1996年12月号第184号に掲載

とかく外見からだけで判断されるアンブシュアだが、その最大のポイントは口の中にこそある。
息、舌、唇……これまで、ほとんど語られることが
なかった金管楽器のアンブシュアの仕組みと奏法の「隠し技」を語り合う。

萩谷 僕はいま、理屈で教えることは一切避けるようにしていて、レッスンではアンブシュアということばすら使いません(萩谷さんの指導方法はこの記事の最後を参照)。が、個人的には、パイパーズが記事にして来た竹浦さんの「スーパーチョップス」(下段に説明)の話には注目し、共感できる部分が非常に多かった。
 これまで書かれたものを拝見すると、スーパーチョップスには普通のやり方とちがう点が2点ありますね。一つは「アゴを張らない」、もう一つは「舌の先は下唇に軽く触れた状態にする」。ほとんどの人が、スーパーチョップスをこの2点で定義づけてしまうだろうと思います。

竹浦 舌のポジションは、後でご説明しますが、これは譲れないポイントなんです。一言でいうと、それ以外のポジションをとると息の圧力は逃げてしまう、ということです。
 アゴを張らないという点は、おっしゃるとおり、いろいろ誤解を生んでますね。この点は、生み親のジェローム・カレ自身、理屈と感覚をごっちゃにして説明しているようなところがあると僕も思います。たとえば、ジェロームが「完璧だ!」というドクシツェルの吹き方(写 真下参照)を見ると、ある程度アゴを張っているように見えたりするんですね。
 ジェロームの本に、スーパーチョップスのアンブシュアをいろんなタイプのアンブシュアと比較した図が載っていて、アンブシュアの外見からこの奏法を理解される方が多いのは無理もないんですが、しかし一番のポイントは「外見じゃない」ということです。それより大事なのは、外側から見えない部分、つまり口の中……息が唇にぶつかる部分、ここが最も大事なんですね。

萩谷 外見から奏法に入ろうとする人は多いですね。アパチュアの絵を見て、両唇の中央を開けて吹こうとする人までいる(笑)。

竹浦 それが良い例ですね。

萩谷 アパチュアの「穴」は、唇の振動の合成図であって、唇を開けて吹いたら、息が素通 りするだけで音は出ない。  アゴの話に戻りますが、じつは僕はアゴを張れなくて悩んでました。張ると、いつも結果 が悪くなる。で、スーパーチョップスの記事を読んだら「張らない」と書いてある。ああ、やっぱりそのままでいいんだなと。今は張って吹くことも出来ますけど。

竹浦 アゴを張らないというのは、両唇の閉じ合わさる力(グリップ)を最大限に得るためなんです。そのためには、「上下の歯の間隔を開ける」というのがもう一つのポイントです。
 簡単な実験で分かるんですが、指を両唇でくわえてみて下さい。歯を閉じてくわえるより、歯を開けてくわえた方が、唇が上下に閉じる力は大きくなりますね。

萩谷 僕もまったく同じ考えで、同じような実験をすることがある。顔を下向きにし、棒状の重いものをくわえたまま歯を開けていくと、唇の閉じ合わさる力が弱い人はすぐにポトンと落ちる。
 つまり、歯が開いた状態で唇が息をギュッととらえる状態、それが先ほどおっしゃった「グリップ」でしょ?

竹浦 そうです、そうです。アゴを平面的に張るやり方で歯を開けると、唇が不安定になって吹きにくいですよね。アゴを張らなければ、歯を開けても唇のグリップ感がつかめるし、唇が薄くならない分、振動する部分も多くなる。アンブシュアの安定感と強いバイブレーションが得られるセッティングとしては、このやり方が一番可能性がある、という意味で「アゴを張らない」なんです。
 ところが、「グリップ、グリップ」と言われても、どうグリップしたらよいのか手がかりがつかみにくい、とよく言われます。ここでもう一度強調したいのが、唇のグリップは、吐き出される息の圧力に抵抗しようとする働きであって、息に自動的に同調してつくられる、ということです。決してグリップが先にあるのではない。
 ですから、外からは見えない口の中の部分、息の感触をまずつかんでもらわないと、グリップを先に教えても意味はない。口の中では息の圧力を何らかの形で調整しているわけですが、その調整された息に対して唇が自然に働いてくれる感触をつかんだところから、本当のアンブシュアのセッティングの話が始まらなければいけないんですね。

息の圧力と流量の実験から分かったこと

竹浦 そこで萩谷さんにぜひお聞きしてみたいと思ったのは、萩谷さんが以前やられたトロンボーンにおける「息の圧力と流量 の実験」です。
 というのは、僕は一つの仮説を持っています。一つは、音の高低は息の圧力、音量 は息の流量の大小で決まる、ということ。もう一つは、息の圧力は舌のポジションでコントロールされ、そのポジションは各音に対してデジタル的に固有のポジションを持つ、ということなんですが。

萩谷 息の圧力を高くするから音が高くなる、というのは、「多分そうだろう」という経験があるし、僕の実験のようなややラフなデータもあります。しかし、今おっしゃった仮説を経験で言う場合はラフで良いと思いますけど、物理的にどうだと言うためには、かなりきちんとしたデータを用意しないと結論を言うのは難しいですね。

竹浦 萩谷さんの実験ではどういう因果関係が認められたんですか?

萩谷 かなりラフな測定であることをお断りした上で言えば、高い音になるに従って圧力は高くなる。低い音になるに従って流量 は多くなる。同じ音の高さであれば、音量が大きくなるに従って流量は多くなる、という結果 が出ました。
 ただし個人差がかなりあります。一人の人間の中では、これはきれいに起こったことですが、本当に大きな音が出る人の息の流量 が、出ない人より多いかどうかは、僕の測定レベルでは分からない。
 グラフをご説明すると(ペダルBbから倍音で上がって行った場合の息の圧力を各ダイナミクスで測定した)、図1の人は自分の持つ力をバランスよく発揮している。図2の人は、その点、途中であえなくダウンしているのが分かりますね。以上の二人は東京芸大生(実験当時)です。図3は、世界有数のビッグサウンド・プレイヤーとして知られる、フィラデルフィア管弦楽団首席のグレン・ダドソン。最高値が162(ミリメートル/Hg)。実験でなければもっと行くでしょう。
 とにかく、息の圧力に関してはこれだけの個人差があるんです。ちなみに、子供や喘息患者なども含め、口腔内圧力が最も少ない人は75〜80ぐらい。最高が260ぐらいで、約3倍の差があります。肺活量 の個人差は、きちんと測定したわけではありませんが約2倍でしょう。プロでは一番少ない人で3000cc台、多い人でも7000ccは稀で、8000ccとなると滅多にいない。
 ですから、息の圧力でハイトーンを出すというのは多分そうだろうと思いますが、水銀値80の人に160の人と同じような吹き方をしろと言っても、圧力が出ない人には無理な話なんですね。
 もう一つ、図4を見ると、息の圧力だけで音の高低が決まると断定出来ないことが分かります。図4に太線で示した仮想ラインをたどると、圧力を一定にしても流量 が極端に変われば音も変わり得ることが予想できるんですね。初心者が息だけで吹こうとすると、これは起こり得ます。

竹浦 なるほど。僕の仮説を物理的な側面から説明しようとするのは、いろいろ危険なんですね。

萩谷 一つの奏法を断定的な口調で説明されると、違和感を覚える人は多いと思いますね。経験的に言うのであれば、ある程度ラフでも良いと思いますけど。

竹浦 もちろん僕も「経験的」なところでものを言わせてもらっているんですけど(笑)。

舌のポジションは各音で決まっている

竹浦 例えば、息の量を変えずに吹くと仮定して、真ん中のFから舌の位 置を変えずに半音上、半音下を吹こうとすると、管の長さが変わりますから音が変わるでしょうが、すごく気持ちの悪い響きになりますよね。  じゃあ今度はふつうの息で各音を吹くと、舌がどれだけ変わったとは言えないぐらいですが、微妙に調整を行っている。つまり息の圧力を舌がコントロールして音を変えている。
 仮にそれを全部の半音について確かめていくと、舌は、自分が出すことができる最高音から最低音までの各音に対して、それぞれ固有のポジションをとっているだろうと僕は思うんです。アナログ的にじゃなく、デジタル的に。

萩谷 それは僕も予感として持っています。もしきちんと測定すれば、唇の特性は人によって違うけれど、補正値を入れる程度で例外なくいく結果 が出るんじゃないのかな?

竹浦 そこで舌のポジションの話になるわけですが、じゃあ舌のポジションはどうなっているのかと聞かれた場合、僕は「口笛を吹くように」と説明します。
 「口笛で音を変える時にどうやってますか?」と聞くと、単に「舌が上下に動いている」と答える。でもよく観察すると、口笛で音を上げる時は、舌の先端を軸にして舌が前にいくような感じで盛り上がります。演奏時の舌のポジションもまさにこれで、舌はまず、舌先が下唇に軽く触れたリラックスした状態にある。音が上がる時は、舌の先端を軸に前に盛り上がる。
 このとき、舌の奥を持ち上げるように意識すると失敗します。シラブルを否定したり肯定したりする論議は、この点が曖昧なために起こりやすい。「ee」のシラブルは、舌の奥を持ち上げるのではなく、「si」の発音と同じポジションだとクラウド・ゴードンも言っています。舌の奥が持ち上がると効率のよい息の圧力が作れなくなる。口笛を吹いてみても分かります。反対に舌を前に出すやり方だと……

萩谷 振動する唇に一番近いぎりぎりのところで、息を絞り込んでいる状態になりますね。

竹浦 そうなんです。息の圧縮と言いますか。ゴムホースで水をまくとき、出口の寸前を絞ると圧力が最も高くなって水を遠くまで飛ばせられる。元の方を絞るほど、ジョボジョボとたれるように出ますよね。

萩谷 僕の実験でも、グレン・ダドソンに圧力計をくわえてもらって測ろうとしたら、ときどき目盛りがゼロにストンと落ちるんですね。何だろうと思ったら、ベロで圧力計をふさいじゃうわけ(笑)。

竹浦 舌がそれだけ前に出てるんですね。モーリス・アンドレが吹くのを見ても、ブレスの瞬間に舌が両唇から見えたりする。
 今までこの舌のポジションを言う人が少なかったのは、圧力調整の「隠し技」だったんだろうと思いますね。

萩谷 ただ、舌が極端に短い人もいますから、すべての人にそのやり方がベストとは言い切れないでしょうね。
 逆に、もともと舌が長くて自然に下唇に触れている人間もいて、そういう人たちに上手い人が実際に多い。彼らがよく「僕は下の先端じゃなく、中ほどで突いているんですけどいいんですか?」と聞きに来る。僕は、「それは良い吹き方なんだよ。ホラこの通 り勧める人もいるくらいなんだから」と竹浦さんの記事を見せてやる(笑)。
 今までなら、無理に上歯の裏を突くように矯正されたかも知れないのが、「そのままでいい」と活字になったことだけでも、本人たちにはものすごく自信になったと思います。

音の高低と音量の大小を分けて考えてみる…

竹浦 大まかな要素は大体ご説明したことになりますが、それをどんな手順で導入していくかについて、このあいだ興味深い経験をしました。
 僕のお弟子さんで、前歯4本を差し歯にしたら、前のように吹けなくなった、という方がいましてね。「唇を安定させることが出来なくなった」というので僕の所に来たんです。
 僕は、それは唇の問題じゃなく、舌のポジションと狙うべきポイントがずれてしまったからだと思い、「今から新しい舌のポジションをもう一度つくってみたらどうですか?」と提案しました。その作業がまさしく、僕のアンブシュアづくりの典型的な例になったんです。
 まず、舌先を下唇に軽く触れる状態、息が漏れなかったらよい、という状態にして、スイカの種を「プッ」と飛ばすような舌の動きをさせてみる。その舌の動きは「アイスティ、レモンティ、ミルクティ」の「tea」の動きです。舌が引っ込んだりせず、気持ちよくプッと種を飛ばすような感じで。
 楽に出せる一つの音でそれが出来るようになったら、今度は機関銃のように「プッ、プッ、プッ」と連発でやってみる。出ようとする息を舌が止めているのを実感させます。そんな練習を繰り返しやっていくと、セッティングがぴたっと決まってきます。
 今度は、そこから半音ずつ上下していく。このとき、例えば、まんなかのFから順番にピストンで上下させるのではなく、4度や5度の倍音の上下の音程跳躍パターンを、ピストンで半音ずつずらしていく。各音の舌のポジションをつかむためには、順番にやっていくと、短い定規を継ぎ足して長い直線を描くようなもので、結果 として歪みが出る。それよりも、金管楽器は倍音楽器ですから、倍音の組合せを利用して各インターバルが交わったところで舌のポジションを学びとった方が正確じゃないか、というトレーニングですね。
 そんな練習をやっていったら、ほとんど前の状態に戻ったんですね。

萩谷 神経が甦ったんでしょうね。

竹浦 ええ。唇や体が息や舌に自然に同調するようになったんだと思います。その感触をつかんだところで、今度は音量 の問題に入っていく。各音でつかんだポイントに向かって息の量を大きくしていく練習ですね。  僕は、音の高低の概念と音量の大小の概念は、ある程度分けて教えた方がよいと思ってます。スケールを上がって行ったとき、圧力の調整が不十分な人だとある音から上に上がれない。そこで、音の高低に対して舌が固有のポジションで圧力を調整していることを教え、練習させると、ほとんどの人が出来るようになる。その後に音量 の練習を加える。この二つがうまくかみあわさると、通常困難と思われているアーティキュレーション(例えば上行形でのディミヌエンドなど)を克服する手がかりが得られると思います。
 アンブシュアの外見は、体の内側からつくられるいろんな要素の「結果」なんだということは、スーパーチョップスがどうのという話とは別 で、アンブシュアの名称なんて本当はどうでもよいことだと思います。  奏法と聞くと、自分にないものを付け加えてもらえると思っている人が多い。実際はそうじゃない。自分にあるものを使わないと何も始まらないんですね。

萩谷 全くその通りだと思います。

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